エコノミック・ノート

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安定結婚問題がもたらした市場設計の地平~学校選択から臓器移植まで~②

この記事では前回に引き続き、経済学の最先端である市場設計についてラフに解説していきます!

 

前回はこちら→

 

valeria-aikat.hatenablog.com

 

さて今回は、なぜ市場は設計される必要があるのか、そして現代の経済学が市場をどのようなものと見ているかを考えていきたいと思います。

 

 

 

 

大前提:「為すに任せよ」ではうまくいかない!!

 

経済学にあまりなじみのない方が経済学と言えば?という質問をされたら、真っ先に思い浮かぶのはAdam Smithの「見えざる手」という言葉ではないでしょうか。以下は『国富論』からの引用です。

 

... he intends only his own gain, and he is in this, as in many other cases, led by an invisible hand to promote an end which was no part of his intention.

(中略)

By pursuing his own interest he frequently promotes that of the society more effectually than when he really intends to promote it.

 

見えざる手という言葉に象徴される「個人が利益を追求する事が知らず知らずのうちに社会全体の利益になる」という考え方は、今も経済学の中心的な考え方として扱われている印象があります。

 

ところがどっこい、現代の多くの経済学者たちは上のAdam Smithの主張をそのまま受け入れません。どういう事でしょうか?

 

 

 

うまくいかない理由①: 戦略的状況

 

自由市場での取引がうまくいかない理由は実はいくつかあるのですが、それらをめちゃくちゃ大雑把にまとめると

 

「市場で取引する人々は多くの場合、戦略的状況にさらされているから」

 

と言えるのではないかと思います。

 

戦略的状況とは、「相手の行動が自分の利益に影響を与え、自分の行動が相手の利益に影響を与える」ような状況です。ゲーム的状況と言ったりもします。

 

例えば、労働市場を考えてみてください。企業は求職者を採用したら賃金を払い、求職者は企業に採用されたらどのくらい真面目に働くかを決めるとしましょう。この場合、求職者の利益は企業の採用・不採用や賃金水準の決定に影響を受け、企業の利益は求職者の入社後の真面目度に影響を受けます。

 

企業は求職者の性格を完全に知る事は出来ないので、採用後に本当に真面目に仕事に取り組むかは分かりません。場合によっては、面接だけはやたら上手い不真面目な求職者を雇ってしまうかもしれません。

 

したがって、戦略的状況がある場合には、必ずしも全体として最適な結果がもたらされるとは限りません。

 

先程のAdam Smithの主張は、こうした戦略的状況がない場合を想定しています。しかし、戦略的状況は就職市場に限らず現実世界の様々な所で見ることができ、多くの場合「見えざる手」の主張は成り立たないわけです。

 

したがって、より良い結果を導く「見えざる手」をうまく機能させるためには、ただ「為すに任せ」るだけではダメで、戦略的状況をうまくコントロールする必要が出てくるのです

 

 

うまくいかない理由②: 価格システムの限界

 

市場がうまくいかないもう一つの理由は、価格システムの限界です。

 

これはどういう事かというと、金銭の授受が法的拘束ないしは倫理的な理由で社会に受け入れられていない市場があるという事です。

 

例えば学校入学割り当てはそういった市場の一つです。ある学校に入りたい人がより多くの学費を払う事で入学するというのは、一般的に不公平だと考えられているでしょう。

 

また、臓器取引や合意の上での性交渉は金銭授受が法的に禁止されている国が数多くあります。

  

こうした市場では、価格による最適な資源配分という市場の機能がうまく働かないため、「見えざる手」の主張はやはり常には成立せず、場合によっては非効率的な結果をもたらしてしまう可能性があります。

 

 

なんとかする方法: 市場設計

 

こうした現実の市場にありがちな問題を解決するのが市場設計の理論です。つまり、

 

 

① 戦略的状況における人々のインセンティブをうまくコントロールして、

 

② 価格メカニズムをが使えない場合はそれを使わずに、

 

③ 誰もが参加する事で得をするような市場をデザインする事によって、

 

④「見えざる手」の力を存分に発揮できるようにする

 

 

事がその目的になります。

 

 

言葉にするのは容易いですが、実際にそうした都合の良いメカニズムを発見するのは、骨の折れる作業でもあります。

 

 

市場設計を新しいメカニズムを思いつく発想力はもちろん、

 

現実の市場の本質的な問題を見抜く観察力、

 

そこにいる人々の行動原理を考える想像力、

 

そして実際に市場をリフォームするための行動力など、

 

あらゆる能力が求められます

 

そして、そのあらゆる能力が求められるという特性こそが市場設計の一番エキサイティングな所でもあり、複雑な現実に真摯に向き合っていくその姿勢こそが、社会科学のあるべき姿だと私自身思います。

 

 

市場は自然現象ではない

 

市場設計理論とその応用に対する貢献としていわゆるノーベル経済学賞を受賞したAlvin Rothは、以下の著書の中で自由市場との折り合わせについて語っています。

 

  

そこでRothは、厳格な自由主義者として知られているFriedrich Hayekの『隷属への道』から以下の文章を引用しています(太字は私による)。

There is, in particular, all the difference between deliberately creating a system within which competition will work as beneficially as possible and passively accepting institutions as they are.

 

社会主義による計画経済を苛烈に批判していたHayekも、適切に市場をデザインする事でその機能を十分に発揮できるよう調整する事の重要性を認識していたというのです。

 

今はHayekの時代とは違って、計画経済と自由市場経済という単純な二項対立の時代は終わりました。

 

その間に経済学は、市場がいかにして失敗するのかという問題について、戦略的状況・価格メカニズムの欠如といういくつかの答えを見つける事が出来ました。

 

その結果、市場は自然と同じようにただそこにあるものではなく、また価格調整のメカニズムが最初から与えられているわけでもない、そこにいる人間の行動によって左右され、場合によってはルールが変えられたり、新たに創造されたりする有機的なものだという理解が生まれたのです。これが、現在の経済学の市場観です。

 

As we start to understand better how markets and marketplaces work, we realize that we can intervene in them, redesign them, fix them when they’re broken, and start new ones where they will be useful.

 

 

最後に、経済学のような社会科学と物理学のような自然科学との違いを象徴する、以下の文を引用して、この記事を終わりたいと思います。

Markets are human artifacts, not natural phenomena. 

 

ここまで読んで頂きありがとうございました!