エコノミック・ノート

経済学を正確に分かりやすく。あと数学、読書とか。

【行動経済学】M均衡: ゲーム理論のブレイクスルーとなるか?【ゲーム理論】

非常に興味深い論文を見つけたので, ここでシェアします.

www.aeaweb.org


以下はアブストラクト(ハイライトは私による).

We introduce a set-valued solution concept, M equilibrium, to capture empirical regularities from over half a century of game theory experiments. We show M equilibrium serves as a meta theory for various models that hitherto were considered unrelated. M equilibrium is empirically robust and, despite being set-valued, falsifiable. Results from a series of experiments that compare M equilibrium to leading behavioral game theory models demonstrate its virtues in predicting observed choices and stated beliefs. Data from experimental games with a unique pure-strategy Nash equilibrium and multiple M equilibria exhibit coordination problems that could not be anticipated through the lens of existing models.

要は「実証との乖離という半世紀にわたるゲーム理論の問題を解決する理論を構築しました!!」と書いてある. すごそう.



これだけでは分からないので, もう少し中身を見てみる.



まず, イントロで指摘されている事は以下の通り.

1. ナッシュ均衡による行動の予測はぶっちゃけダメ.
2. 人々は自分が報告した信念(belief)をもとづいて最適応答をしてない.
3. しかも, ナッシュの暗黙の仮定と裏腹に, 人々の持つ信念は大体間違ってる.
4. 上の3つは多くの実験研究で分かったよ.



著者の少なくともどちらかは実験経済学者なのだと察するが, ボロクソである.

 

 

ただ, この指摘は多くの経済学者もある程度納得している事だと思う. こうした欠点がある事の承知の上で, 我々は出来る事をやっているんだというのが多くの経済学者に共通するスタンスだろう.


この論文の凄い所は, 多くの経済学者が納得の上で妥協してきた上のような問題を, 何とかして解決に向けてアプローチしようとした点だ. いつかはやらなければと思う人間はたくさんいても, それを実際にやってのけてしまう人間は1%にも満たないだろう.


さて, じゃあこの論文は何をしたのか?まとめると, 以下のようにナッシュ均衡の前提を弱めた均衡概念を提案した.

(i) Monotonicity: Choice frequencies are positively but imperfectly related to expected payoffs based on beliefs, i.e., players “better respond” but do not necessarily best respond.

(ii) Consequential Unbiasedness: Beliefs may be biased but they induce the same ordering of expected payoffs as the observed choices do.

(iii) Set Valued: Belief and choice predictions are set valued with predicted choices being a subset of predicted beliefs.

 

(i)のMonotonicity(単調性)は, ナッシュ均衡最適応答(best responce)の前提を弱めたものだ. "Best"である代わりにある意味で"少なくともbetter"である事を要請する.

(ii)のConsequential Unbiasedness(帰結的不偏性?)は, ナッシュ均衡の正しい信念(correct belief)の前提を弱め, 代わりに一定程度のバイアスを許すものだ.

(iii)のSet Valuedはそのままで, 点ではなく集合で均衡を定義するという事だ. ナッシュ均衡は正確にはナッシュ均衡点(Nash equilibrium point)といい, 戦略空間上の点として定義される. M均衡では, (i)(ii)で弱い前提を受け入れた結果, 点として定義するのでは不十分で, 集合として定義する必要が生まれるとの事だ.*1



最後に, M均衡のフォーマルな定義を書いておこう.


……と思ったけど思ったよりゴチャゴチャしててTexで打つのが面倒なので, そのうちに改めて更新します.






参考文献

Goeree, Jacob K., and Philippos Louis. 2021. "M Equilibrium: A Theory of Beliefs and Choices in Games." American Economic Review111 (12): 4002-45.


*1:ゲーム理論創始者の一人とされるノイマンは, ナッシュ均衡をあまり良く思わなかったという言い伝えがある. その理由の一つが, ノイマンが人類最初に定義した均衡概念である安定集合と違って, ナッシュ均衡が点で定義されていたからだと言われている.