エコノミック・ノート

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ゲーム理論をビジネスに活かすために学ぶべきこと

経験上、修士課程の専攻はゲーム理論でした、と話すと怪訝な顔をされる事が多い。

 

ゲーム理論をしっかり学んだ人々は、程度の差はあれど、ビジネス社会にとってゲーム理論の知見は有用だと考えていると思う。しかし、我々の想像以上に、ビジネス社会ではそうは考えられていないのが現実である。

 

ゲーム理論の内容が、依然としてほとんど社会において認知されていない」というのは理由の一つだろう。しかし、私はそれ以上に、既存のゲーム理論の教科書の内容に原因があると思っている。

 

一般的なゲーム理論の教科書は、囚人のジレンマゲームの説明から始まる。「均衡」というツールの使い方を説明するために、構造が簡単な「ゲーム」から始める訳である。「各プレイヤーの合理的行動が、社会にとって最適でない結果を導く」というストーリーは、読者の興味や学びのモチベーションの喚起にも使いやすい。

 

ここで、こうした標準的な教科書の内容を、その構造に注目して整理すると、以下の通りとなる。

 

① 仮想的な状況を考えて、簡単な「ゲーム」を作る。
②「均衡」というツールの使い方とその意味を説明する。
③ 実際にツールを使ってみて、何が得られるかを説明する。
④ 得られた結果を吟味し、ツールの有用性を納得させる。

 

ここで重きを置かれがちなのは、主に②, ③である。ゲーム理論家が教科書を書く際に重視するのは、「均衡」という強力なツールを正しく理解して、与えられた「ゲーム」の結果を自力で導出・分析できるようになる事である。

 

私は、この構造には問題があると思っている。

 

ゲーム理論の教科書的な分析は、「ゲームのルール」を簡単に設定して、それを与えられたものとして進められる(構造の①に該当する)。


しかし、ビジネス実務では必ずしもそうではない、というか多くの場合、皆が納得できる利得関数すら設定する事は難しい。「ゲームのルールに不確実性のあるベイジアンゲームを使えばいいじゃない」という声が聞こえなくもない。しかし、その場合に所与とされるタイプ空間上の事前分布についても、同じ事が言えるだろう。それらの適切な決め方を理解しないと、設定はアドホックにならざるを得ず、対外的に分析の信頼性を持たせる事は難しくなる。

 

現実の社会現象を説明しようとするタイプの応用研究では、分析結果のもたらす直観が現実と整合的であるか、もしくは何かしらの非自明な示唆があればある程度評価される傾向がある。しかし、ビジネス実務では、分析の前提には(例えば経営者・監査人などから)厳しいツッコミが入るし、アドホックな仮定*1は多くの場合において忌避される。

 

まず、「ゲームのルール」の適切な決め方を理解し、それを皆が納得できる形で説明する方法を考える事が、ゲーム理論をビジネスに活かすための第一歩だと思う。

 

一方で、ここはまさに長年の訓練と経験をもって初めて身に付けられる「秘伝の職人芸」とも言える暗黙知である。この暗黙知形式知化していく事で、ゲーム理論のビジネス活用への理解は、飛躍的に高まるのではないだろうか。

 

最後に、ここまでを踏まえて、改めてビジネスパーソンにとって本当に必要なゲーム理論の教科書の構造は、以下のようになると思う。*2

 

①' ある現実的問題を取り上げ、その具体的状況を詳細に解説する。
②' その問題をどのように抽象して「ゲーム化」するか、その途中の意思決定を全て含めて詳細に記述する。
③' 計算過程はappendixに回し、その直感と結果のみを本文に記述する。
④' 得られた結果を吟味し、「ゲーム化」の妥当性を検証する。

 

ここで重きを置かれるのは、従来の教科書では軽視されがちだった現実的問題の「ゲーム化」の方法である(①', ②'に該当する)。重視されるのは、「ゲーム化」という強力な手法を正しく理解して、現実的問題を自力で抽象化し「ゲーム」に落とし込めるようになる事である。

 

題して『ケースで学ぶゲーム理論』だ。出版社やゲーム理論研究者の方、ぜひ出版・執筆をご検討ください。

*1:ここでアドホックな仮定とは、例えば「各プレイヤーの利得関数はsymmetricで、x(s)を各戦略の組sから得られる財の配分量とすると、u(s)=ln( x(s) )で与えられる」というレベルのものを指す。ここで「簡単だからsymmetricとする」「皆使っているからln(•)を使う」という説明では説明相手に一蹴されてしまうだろう。

*2:書いてみて気が付いたが、これは応用ゲーム理論の典型的な論文の構成とほとんど同じである。