エコノミック・ノート

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【書評】清水和巳 経済学と合理性 ー経済学の真の標準化に向けてー

 

 

オススメ度 ★★★★

「経済学における合理性・非合理性」という、誤解と曲解が蔓延している厄介なテーマについて、懇切丁寧に解説している良書である。「本書の目的は, …標準的経済学の現在と将来を「合理性」をキーワードに説明, 展望していくことにある」(p.3)

200頁に満たない小さな本であるが、ホモ・エコノミクスの仮定が云々とSNSやブログで講釈を垂れる前に、最低限理解しておいた方が良いトピックが詰め込まれている。

数式の使用を控えめにしながらも解説の正確さを損なわないように工夫されており、2022年7月現在、同テーマについては邦書の中でベストな入門書と言えるのではないかと思う。

経済学では通常、合理性という概念は、選好関係上のある公理のセットとして定義される。頻繁に挙げられるのが、完備性・推移性という公理を満たす選好関係を「合理的」選好関係と定義する、というものである。これは最もprimitiveな定義であるが、本書ではこれに留まらず、リスク選好や時間選好を扱う場合の(=公理のセットを拡張した場合の)合理性といった中級のトピックまでがカバーされている。

これにより、第3章で解説される「非合理性」を考慮に入れる理論をクリアに理解出来る作りになっている。経済学において「非合理的である」とは、大体の場合において「合理性を定義する公理のセットのうちどれか1つ以上が満たされない」という意味に他ならない。本書では、「どの公理がどのように満たされないのか」という点を詳細に解説する事で、どのような意味で「非合理的」と言えるのかがクリアになっている。

またゲーム理論について、ゲームの形と各プレイヤーの合理性が共有知識(common knowledge)である事それ自体を合理性の一形態として扱っている点は注目に値する。というのも、共有知識という概念は、「知識の公理(のセット)」を満たす知識関数(knowledge function)から定義されるため、選好関係上の公理から定義される伝統的な合理性概念とは異なる性質のものだからである。凡庸な文献では無視してしまうような話題であるが、本書では利他的選好、質的応答均衡(QRE)、更には帰納ゲーム理論といった先端的理論の解説にまで繋げている。

マクロ経済学のトピックを扱っているのも特徴的である。凡庸な文献では、「現代のマクロ経済学ミクロ経済学のただの応用」と言わんばかりにマクロ固有のトピックを無視してしまう。本書では、誤解されがちな「代表的個人」の仮定と「資産市場の完備性」の仮定との関係を明確にしつつ、HANKモデルや合理的不注意といった最新のマクロ理論の簡単な解説に繋げている。

以上のように、「経済学における合理性・非合理性」に関連する幅広いトピックについて、ハンディに触れる事が出来る優れた入門書であり、このテーマに興味のある全ての人々にオススメ出来る良書である。