エコノミック・ノート

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趣味の読書: チェーホフ『かもめ』

こんにちは。

 

古典作品を読む趣味があるので、布教のために紹介記事を書いていこうかなと思います。

 

突然ですが、アントン・チェーホフってご存知ですか?

 

ロシアの作家で、本業は医者だったのですが、その片手間に書いていた戯曲(演劇の台本)と短編小説において優れた手腕を発揮した方です。

 

僕はチェーホフの戯曲が好きで、実際にお芝居を観に行った事もあります(主演はあの藤原竜也!)。今回はチェーホフの4大戯曲と呼ばれる内の一つ、『かもめ』を通してチェーホフ劇の魅力を紹介したいと思います。

 

 

 

かもめ・ワーニャ伯父さん (新潮文庫)

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『かもめ』のあらすじ

 

主人公は作家を目指す青年トレープレフ。彼には女優志望の恋人がいて、その恋人ニーナを主役にした劇を作ります。ところが、その劇は失敗に終わり、その結果ニーナは、大女優であるトレープレフの母の愛人で、既に成功をおさめている作家のトリゴーリンに想いを寄せ始めます。トレープレフがニーナにその変心を問い詰め、トリゴーリンに決闘を申し込もうとする一方で、ニーナは夢を叶える為にトリゴーリンと共にモスクワに出る事を決め…。

 

『かもめ』の見所

 

① タイトルの意味は?

劇中でかもめは象徴的な扱いを受けており、かもめそれ自体はストーリーに直結していません。かもめが出てくるシーンは、トレープレフの劇が失敗した後に彼がニーナに詰め寄る以下のシーンです。

 

トレープレフ (無帽で登場。猟銃と、鷗(かもめ)の死骸を持つ)一人っきりなの?

トレープレフ、鷗を彼女の足もとに置く。

ニーナ どういうこと、これ?

トレープレフ 今日ぼくは、この鷗を殺すような下劣な真似をした。あなたの足もとに捧げます。

ニーナ どうかなすったの?(鷗を持ちあげて、じっと見つめる)

トレープレフ (間をおいて)おっつけ僕も、こんなふうに自分を殺すんです。

 

このシーンでのかもめに対する言及はここまでで、以下トレープレフがニーナの変心を問い詰めます。非常に短く、説明もない象徴的シーンですが、この後に出てくるシーンやセリフを通して、物語を最後まで読むと、この意味が分かるような作り(すぐに分からなくとも解説を読めば分かる作り)となっています。

 

② 著者本人の芸術観・作家観

(批評では著者と作品の内容を完全に切り離すのが常識ですが、あえてそれをせずに言うと)『かもめ』ではチェーホフ自身の作家としての考え方が、作家トリゴーリンの言葉で語られます。以下はそういったシーンの1つで、トリゴーリンがニーナに作家の生活がどんなものかを皮肉げに伝える一節です。

 

強迫観念というものがありますね。人が例えば月なら月のことを、夜も昼ものべつ考えていると、それになるのだが、わたしにもそんな月があるんです。夜も昼も、一つの考えが、しつこく私にとっついて離れない。それは、書かなくちゃならん、書かなくちゃ、書かなくちゃ……というやつです。やっと小説を書き上げたかと思うと、なぜか知らんがすぐもう次のに掛からなければならん、それから三つ目、三つ目のお次は四つ目……といった具合。まるで駅逓馬車みたいに、のべつ書きどおしで、ほかに打つ手がない。そのどこがすばらしいか、明るいか、ひとつ伺いたいものだ。いやはや、野蛮きわまる生活ですよ!

 

生活のために小説を書いていたチェーホフの、作家という仕事に対する価値観がうかがえますね。このほかにも、トリゴーリンがトレープレフ青年に対して「小説に何を書くべきか」を教えるシーンからは、チェーホフの作家としての信条のようなものが伺い知る事が出来ます。

 

 

③ 衝撃のラスト

ネタバレは避けますが、『かもめ』における衝撃のラストは演劇史に残る革命的シーンです。というのも、登場人物が抱える本質的な問題(テーマ)を最後の最後に持ってくるという手法は、その当時かなり異色だったからだそうです。ラストシーンが有名な戯曲といえばイプセン『人形の家』がありますが、『かもめ』も負けず劣らずアッと驚くようなものとなっています。

 

 

チェーホフ劇の魅力

 

① 複雑な人間模様

あらすじだけでもお分かり頂ける通り、チェーホフの劇は人間模様がとても複雑です。トレープレフ、ニーナ、トリゴーリンの3人が主なキャラクターですが、この他にも7人の主要な登場人物がおり、計10人のうち8人が何かしらの形で恋愛・情事に関わっています。その人間関係の絡み合いが物語を構成しているのです。

 

『かもめ』ではヒロインは1名ですが、同じくチェーホフの作品『プラトーノフ』ではヒロインがなんと4人も登場し、全員が主人公と恋愛関係を持ち、そのうちの数名は既婚者です。現代でいうハーレムライトノベルみたいですね。どの戯曲も大体こんな感じの設定で、現実ではおおよそあり得ないようなゴチャゴチャした人間模様を見る事が出来るのが魅力の一つです。

 

②退廃的な雰囲気

チェーホフ劇は全体として、どこか鬱々とした暗く退廃的な雰囲気を纏っています。この雰囲気が隠キャの私には非常に心地がいいのですか、これは当時のロシア社会を皮肉的に描いた事が一つの理由で、本業は医師であったチェーホフの社会と人間を鋭く観察する能力が存分に発揮されています。「社会なんて結局くだらないし、人間なんていくら外側を取り繕っていようが所詮……」とどこかで思っているアナタにおすすめ。

 

③ 作家自身の成長

『かもめ』はチェーホフの4大戯曲の中で一番早くに書かれました。初演の評判は最悪だったようで、チェーホフはその直後には「二度と戯曲は書かない」と言っていたらしいです。評判が最悪なのは実は理由があり、その一つが先程も言及した衝撃的なエンディングです。ネタバレはここでは避けますが、そのエンディングに観客が展開に追いつけなかったというのが大きかったのでしょう。クライマックスを最後の最後に持ってくるというのは、当時の演劇界では革命的な試みだったようです。

 

そんな衝撃的なエンディングを書いたチェーホフは、その後も戯曲を描き続けるのですが、晩年の作品になるにつれてエンディングの雰囲気が鮮やかに変わっていきます。最後の戯曲『桜の園』のエンディングは、切ないながらも非常に暖かな空気に包まれており、未来への小さな希望が見えるものとなっていて、それまでの作品とは対照的となっています。この変遷にチェーホフ自身の考え方の変化や成長が垣間見られるというのが非常に興味深い点です。

 

 

桜の園・三人姉妹 (新潮文庫)

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おわりに

 

今回はチェーホフの戯曲『かもめ』を通して、私の好きなチェーホフの魅力をし紹介しました。良さがが少しでも伝わっていれば幸いです。

 

『かもめ』については、ほぼ必読と言っても良いくらいに解説が優れている新潮文庫版をオススメします!

 

ここまで読んで頂きありがとうございました!

 

 

かもめ・ワーニャ伯父さん (新潮文庫)

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